球根で楽しめたら億万長者

以前、こんな話を
聞いたことがあります。

子供の運動会のリレーで
順位を付けないように
ゴール前で一旦並び、
一斉にゴールして、

全員「金メダル」を首に
かけて貰う。

しかし、その後、
ゴール前で待っていると、
やっぱり遅い子が
目立ってしまうということで

今度は、
バラバラにスタートをさせて、
バラバラにゴールさせる。

そうすると、
誰が遅いのか、早いのか
ゴチャゴチャになって、
分からなくなるといった

かなりエキセントリックな
新しい手法を編み出した
との話です。

この戦法を編み出した人は
中々の戦略家ですね。

しかし、「個人の能力差」を
オブラートに包み、
カモフラージュしたとしても、

いずれ受験がやって来ますし、
社会に出れば、資本主義の
経済競争の海
に飛び込まなくては
なりません。

そして、やはり
「学歴」や「能力」の高い低いで
評価されることになるのです。



「競争」や「ストレス」への
耐性が鍛えられないまま

実践の世界に
飛び込んだ時の衝撃は
想像以上のモノではないだろうか。

あまりのギャップに
社会にうまく順応できず、

こんなに苦しいのは
「すべて世の中が悪いんだ!!」

なんてことに、なりはしないか
心配なところです。


当然、能力が高い低い
収入が多い少ないだけで

その人の「人間としての価値」が
決まるわけでは無いし、

社会的に評価をされる事とは
まったく違う次元で、

本人が幸せであれば、
それでいいのだ。

別に他人と比べて
勝った負けたをしなくても

今の自分が、昨日の自分よりも
何センチかでも前進出来たら
それだけで楽しかもしれないし、

重ね重ね言いますが、
まったく前進をしなくても、
本人が幸せであれば
それでオッケーなのです。

しかし、
そうは言っても

残念ながら評価は
世間から自動的に下される・・・。

そして、
そもそもの話をすれば
競争は決して悪いものでは
ありません。

競争があるから「努力が出来る」
といった部分もあるし、

勝ち負けがあるのが
「楽しい」
部分でもあるのです。

そんなこんなで
世の中は、進歩してきたので、

とりあえず、しばらくは
あきらめて、このシステムの中で
生きていくしかありません。

であれば、世間から下される
経済的・社会的評価とは
まったく別の次元で

勝手に楽しめる「技」
身につける事に注目するのも
1つの手です。

例えば、高級車買ったり、
海外旅行
が楽しい人もいるし

植えた球根に
花を咲かせること

楽しい人もいる。

球根など経済で考えたら、
数十円程度です。

それに比べたら
海外旅行の方が遥かに
お金が掛かるし、

一般的には「裕福で幸せなのは?
そりゃ海外旅行だよね
」っていう
評価ではないでしょうか。

でも、例えば「楽しい度数」が
数値化出来たとして、
計測してみたら、

人によっては
フェラーリの「楽しい度数」
球根の「楽しい度数」
さほど変わらないかもしれない。

そう考えると、
経済人としてのスペック
さほど高くなくても

楽しく生きていける事になる。

別の見方をすれば、
それぞれが同じ「楽しい度数」を
感じている場合、

フェラーリ1000万円
球根50円として、

1000万円ー50円=999万9950円

球根で楽しめる人の「感性」が
「999万9950円分の経済価値」を
生み出している
ことになる。

超~お得です!!

「高級車」や「海外旅行」でないと
楽しめないのであれば、

めっちゃ、コスパが悪い!

そう考えれば
「楽しむ感性」を磨く方が
よほど経済的
と言うこともできる。

それなら、幼稚園や小学校で
もはや「競争」を隠すのではなく

現実に「競争」が存在する事を
しっかりと伝えつつ、

「楽しむ感性を磨く授業」を
増やしていったらどうか?

「社会的な評価値」と
「楽しむ感性値」が

同等くらいの扱いになれば
「能力差」以外の価値観
見えてくる。

そして、
みんなが「楽しむ達人」になれば

きっと、やさしい世の中に
なるに違いない。

そんな若者ばかりになれば
日本の未来も明るい!

ですので、
多様な価値観を備えた
新時代の小学生たちに

やさしい日本の未来を
託したいと思います。

そして私は
アリを見てると
楽しいので

世界一周旅行と
同程度の楽しみを
ゲットできる、

そんなレベルまで
感性を磨いていきたいと
思います。

それでは、また!

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